ぼやき
新垣と聞くと、ソフトバンクの投手が一番に頭に浮かびます。
(でも がっきーは可愛い)
同級生4人が贈る狂想曲
2008年07月06日
新垣と聞くと、ソフトバンクの投手が一番に頭に浮かびます。
(でも がっきーは可愛い)
2008年07月03日
もし心の行く末が細分化された状態で見えるのなら、人間というものがいかに支離滅裂な存在かが今よりも意識されるに違いない。
2008年07月01日
とある生徒の話w
以前、
『私を微分して下さい』
と言われたことがあるのだが、よくよく考えると複雑な様相をみせる言葉であるようだ。
微分とは、かいつまんで言うと、微小な区間における変化量である。距離を時間で微分すると速さになり、速さを時間で微分すると加速度となる。噛み砕くと、Xという距離進むのにt時間かかったとすれば、速さはX/t(m/s)である、といった具合である。
さて話を戻そう。『私を微分して下さい』だが、『私』を微分するにあたって何を変数に置くかで導かれる答えが変わってくる。例えば、時間⊿t(微笑時間)で微分してみよう。この場合、『私』の一瞬の変化、言い換えれば、今一瞬の『私』となる。さらに言えば、『私』がこの先にどう変わっていくかを予測できるある数式が導かれることになる(もっともそんな式が存在するのならば未来予測であり、ノーベル賞どころの話ではないのだが・・・)。心を変数にするとどうだろうか。心と『私』が関数となっているのならば(一対一に対応している。心を決めると『私』が自動的に決定されること)、心で微分すると、心を変数とする『私』の傾き(心の変化で『私』がどれだけ変化するか)がわかる。これがわかるならば、次の瞬間における『私』の心の変化、どんな気持ちでいるのかを予測する事ができるようになる。すると・・・・・・w。
さて生徒が言った『私を微分して下さい』に含まれる変数はいったい何だったのだろうか・・・・・。
2008年06月29日
ついにここも打ち切りか。
2008年06月28日
本日はお休みさせていただきます。
2008年06月26日
前回の「千円札を眺めて」 でひつじ氏は、野口英世の日本とアメリカにおける評価の落差、特にアメリカで評価が高くない理由について言及している。
そこで私は、なぜ日本では評価が高いのか、という逆の視点で考えてみようと思う。
考えられることは二つ。一つは、島国根性である。アメリカにとっては、様々な業績を残したとはいえ、数いる医学者のうちの一人(ワンノブゼム)でしかないが、西洋を目標にしていた(あるいは今もしている)日本にとって、西洋で活躍した彼は輝かしい記憶の一コマというわけだ。
もう一つは、渡米前のことに関する知識だと推測される。アメリカの方では、当然というかアメリカでの振舞を基準に評価するが、我々はそこに到るまでの事情、すなわち代々貧農の家系の生まれ、1歳にして大火傷を負うなどの逆境にもかかわらず、苦学して医者になった…といったことを知っている(ひつじ氏の引用した内容が海外の評価の全体像を伝えるものであるならば、そこには渡米までの苦労への理解が抜け落ちている)。その知識によって、努力そのものへの評価と(上の話とも連動するが)サクセスストーリーとしての憧れ・尊敬が生まれ、日本での評価を高めているように思える。
これと危険な地域へ自ら赴くという姿勢も相まって、日本人の野口英世への評価は感情的な側面が大きくプラスされるため自然と高いものになっているのだろう。それゆえに、論文の内容が否定されるといった業績面での評価の変動があってもなお、偉人として記憶される、あるいは記憶されるべき人物として名を残しているのではないだろうか。
2008年06月23日
千円札を眺めてみる。日本人なら誰もが知っている偉人の顔がそこにある。野口英世その人である。彼は言わずと知れた医学者である。(千円札になるくらいであるw)幼少より手に酷い火傷を負い、また家が貧しかったため十分な生活を送ることができなかった野口は苦学の末単身アメリカへ渡る。現在、ロックフェラー大学の静謐な空気が漂う図書館にその胸像が眠る。しかし、野口が在籍した23年間のロックフェラー大学における彼が残した業績は当時こそ賞賛を受けたが、現在キャンパス内でさえ彼の名を記憶するものは殆んどいない。残念ながらアメリカにおける彼の評価は決して高いものではない。彼に関する記事は辛辣である。曰く、ヘビイドランカー。曰く、プレイボーイと罵るものも多い。梅毒、狂犬病、ポリオ、トラコーマ、そして黄熱病の病原体を発見したと発表し、二百という異常な程の論文数をこなした彼の評価は何故高くないのだろうか。
数々の病原体を突き止めたという野口の論文は、その多くは現在では間違ったものとしてロックフェラー大学の図書館で埃を被っている。その論文を紐解くものは今やいない。
野口英世その生身の人間は、記述では結婚詐欺まがいの行為を繰り返し、許婚や彼に支援していた人々を裏切り続けた、とその生活破綻者の様が描かれている。
当時、野口は見えるはずのないものをその双眸にとらえていたのだ。狂犬病や黄熱病の病原体はその当時では存在さえ(定義すら)確認されていなかったウイルスによるものだった。当時、研究の主流であった光学顕微鏡ではその実像を結ぶことは不可能であった。後に電子顕微鏡が開発されるのは、野口が黄熱病患者を救うためアフリカに渡り、自身がその病に没した二年後の事である。野口は『私にはわからない・・・』という言葉を残してこの世を去ったという。
願わくばあと十余年の歳月が彼に与えられていたのならば、今とは違った評価がなされていたかもしれない。しかし、人のために命を散らした彼の最後は賞賛される以上のものである。
2008年06月22日
オシャレなソースパンを見つけてはしゃいでいました。
2008年06月21日
我が家のHDDレコーダーさまがお亡くなりになったので蘇生させるために東芝のサービスセンターへ持ち込み。
なんでこの時期なんだ。。。EURO2008が見れなくなったので興味が激減、結果だけでいいやーという気持ちへ。
一応居間で見れるので、見れるときは見ますけどね。。。録画できないんでね・・・
2008年06月19日
前の記事との繋がりを…と模索していたらこのような戯れが生まれた。まあそれもたまにはいいか。
発話行為の記録ほど重要なものはない。それを解読できるならば、我々は次なる段階へと進化を遂げることができるであろう。今回は、先週のひつじ氏による記録を解析してみることにしよう。
『ひつじさん、一つ聞いていいですか?』
密閉空間で彼女の方から声をかけてきたということは、おそらく非常に本質的な話をしたいのだと思われる。
『ん?なに?』
それに対していささか無警戒すぎる対応だ。
『私は今何処にいるんですか?』
おそらく存在論的な話だと思われるが、あるいはエレベーターという特殊な空間に入ったことで神の声が届かなくなったのかもしれない(あるいはGPS?まあどっちでも同じことだ)。
『・・・・・・・・・・・・・・は?;』
それに対していささか無警戒すぎる対応だ。
『え~と、私が今何処にいるのか知りたいんです』
同上、あるいは同情。
出たよ;ネバーランドが;
『・・・・・・・・・・・・・エレベーターの中だと思うよ;』
それに対していささか無警戒すぎる対応だ。
すると彼女は困惑したように頭を掻きながら、
『いや、ここはいったい何処なんですか??』
頭を掻くというのはハイテンションになったときや恥ずかしさを誤魔化すためと相場が決まっている。とするなら、この行為は彼を困惑せしめたことへの悦びか、あるいは自分の本質的な問い、すなわち内面をさらけ出してしまったことによる羞恥心の攻撃的解消を表していると思われる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やべえよ;久々焦ってるよ俺;;
『まさか地上から何メートルかとか座標の話??』
それに対していささか無警戒すぎる対応だ。
『違うんです。ええと、ここはいったい何処なんですか!!!?』
存在論的問題と物理世界の位相では話が噛み合うわけがない。
『・・・熊本駅の近くの建物だよ;』
それに対していささか無警戒すぎる対応だ。
『熊本駅って何処にあるか分からないんです!!!!』
それはここではないどこかに存在する彼岸への道標だ。
・・・・・・・・;キテルよこの子;;相当ヤベエヨ;;
『君、確か電車通だよね;いつも何処で降りるの??』
それに対していささか無警戒すぎる対応だ。
『・・・・熊本駅です』
とうとう正体を現した。この一言は、すなわち当の者が彼岸からやってきた存在であることを意味する。であるならば、異世界で自らを現前せしめるところのものをエレベーターという空間の中で失ったために今の自分が肉体として在るのかそれとも単なる認識を受け取っているだけなのかが判然としなくなり、対象物であるところの他者に対して確認を求めたのではないかと推察される。
『・・・・・・・・・・』
『・・・・・・・・・・』
『それだよ;』
それに対していささか無警戒すぎる対応だ。
『ああ、あれだったんですねww』
感得する時は指示代名詞だと相場が決まっている。しかし、「あれ」という表現は距離を表しており、実はこの人が相手の発言に満足していないことを暗示している。
『・・・・・・・・・・・・・・;;;』
『そっかあ、有難うございましたwwでも本当に今私って何処にいるんだろう??ん~、ま、いっかwじゃあ失礼しま~~すw』
この人は自分の存在を神の声、ないしはGPSで確認できない不安を誰かへの発問・発話によって解消することが主な目的だったので、一応礼を言っている。しかし繰り返すが、この問いは満足した形で終わっていないのである。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(きっと君はネバーランドにいると思うよ;)』
狂人とは、単純に狂っているというよりはむしろ、自分の考えを相手に理解できる形で提示できない人間のことを言う。